責任は本人だけのもの



 わたしは別に責任感の強い人間じゃない。
 時には何もかも投げ出したくなることだってあるし、自分では普通だと思っている。
 ただ、自分が関わったことを人のせいにするのは、どうも苦手だ。無理やり押し付けられたならともかく、自分から物事に関わっておいてそれを後から人のせいにするのは、はっきりいって無責任にすぎる。それがいい悪いではなく、自分の中ですっきりしないから、わたしは自分のやるべきことをきちんとしようと思っている。サボるのは簡単だし、そういう気持ちもなくはないけど、本当にサボったり怠けたりしたら、きっともやもやする。でもそれはわたしの中の問題であって、別に責任感が強いということではない気がする。他の人にはあまりわかってもらえないけど。
 一方他の古典部員はどうか。
 ふくちゃんがよく宿題とか原稿作業とかを後回しにするけど、あれはもう性格の問題であってどうしようもないことなのだけど、ふくちゃんはあれで自分の責任を誰かに転嫁するようなことはしない。軽口をたたきながらも、自分が悪いことはちゃんとわかっている。そう、たとえ待ち合わせに遅れるようなことはあっても、一応は自分が悪いことをわかったうえで遅れるのだ。それはもちろん腹立たしいから、わたしは怒る。叱りつける。ふくちゃんはああいう性格だから、冗談めかした言葉で煙に巻くけど、あれはわたしがふくちゃんの性格をよくわかっているということをふくちゃん自身もわかっているから見せる、一種のポーズなのだろう。知らない相手や仲のよくない相手には、ふくちゃんは案外冷たいのだ。それはつまり、わたしのことはふくちゃんなりに大事に思ってくれているということなのかもしれない。それはうれしい。すごく。……いや、そういう話ではなかった。とにかくふくちゃんは決して無責任ではない。その責任の捉え方が、少し独特なだけだ。
 一方ちーちゃんは、人の問題まで自分の問題であるかのように背負い込んでしまうところがある。文化祭のときはすごく申し訳なかった。あれこそちーちゃんのせいではなくわたしのミスが原因だし、ちーちゃんが思いつめることは何もなかったはずなのに、ちーちゃんはすごく責任を感じているようだった。責任感がありすぎるのがちーちゃんのいいところだし、あまりよくないところでもある。そういう真面目なところがすごくちーちゃんらしくて、わたしは好きだけど。
 そして、折木。
 以前のわたしは、折木のことをものぐさで無責任なやつだと思っていた。だけど古典部で活動するうちに、どうもそれは誤解だったらしいことを知った。いや、誤解とまでは言えないかもしれない。ものぐさなのは見たところ間違いないし。ただ、あいつが掲げている信条――「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」というのがあいつの中でどれほどのウェイトを占めているのかはわからないけど、少なくともその信条は「やりたくないことならやらない」という意味ではなさそうだということが、なんとなくわかってきたのだ。やりたくなくてもやらなければいけないことなら、あいつはそれなりにやるだろう。それは「氷菓」の原稿作業だったり、ちーちゃんの“気になります”だったり。ああ、そういえば文化祭のときも、なんだかんだで店番をさぼってはいなかったようだ。売り上げ数をきちんとカウントしていた。
 折木はどうやら無責任ではない。
 少なくとも、人の約束を簡単に破るやつじゃない。別にあいつが義理堅いやつだと言っているわけじゃない。そうじゃなくて、折木は約束を破ることで発生する面倒ごとの方を嫌うような気がする。物事を後回しにすることの面倒くささを、面倒くさがりのあいつはよくわかっているはずだ。
 ましてや、約束の相手がちーちゃんなら。



 神山高校全生徒は期末テストを来週に控えていた。
 試験期間中は部活は禁止。つまり部室を使えるのは今週までだ。古典部は普段何の活動もしていないのだから、部室である地学講義室を訪れる必要は、はっきり言って無い。けどなんとなく居心地がいいから、用事が無くても訪れてしまう。ふくちゃんに会えるし、ちーちゃんと他愛のないおしゃべりをしているのも楽しい。折木はいつも窓際の席でだらだらと本を読んでいるけど、それだけなので実に無害な存在だ。
 まあそんないつもの光景が待っているだろうと思って訪れたその日の放課後の部室には、珍しいことにちーちゃんしかいなかった。
「あ、摩耶花さん」
 勉強をしていたのか、机の上には教科書とノートが広げられていた。
「ちーちゃんひとり?」
「はい。折木さんは用事があるそうです。福部さんはちょっとわかりません。いっしょではなかったのですか?」
 首を振る。ふくちゃんとセットに見てくれるのはうれしいけど、残念ながらいつも寄り添っているわけじゃない。
 ふくちゃんに用事があるのはいつものことだ。クラスが違うこともあって、時には一週間近く顔をあわせないときもある。電話をかけるとちゃんと出てくれるけど、できればきちんと顔を見たかった。テストまであと一週間だけど、大丈夫かな、ふくちゃん。
 それにしても、折木まで用事とは珍しい。
「用事って、何か聞いてる?」
「家の用事だそうです。本当はいっしょに勉強をする約束をしていたのですけど、ちょっとタイミングが悪かったですね」
 いっしょに勉強。
 へえ。
「じゃあちーちゃん、約束すっぽかされちゃったの?」
「すっぽかすだなんて……昨日電話で謝られました。気にしないでくださいとは言ったのですけど」
 折木は自分のことはいいかげんなくせに、変に律儀なところがあるから、まあそういうこともあるだろうとは思う。
「でも、なんでいっしょに勉強、なんて話になったの?」
 するとちーちゃんは困り顔になった。
「このあいだお話しているときに数学の小テストの話になって、折木さんの結果があまり芳しくなかったということでしたから、それなら試験前に勉強しませんかとわたしが言ったんです」
「ここで?」
「図書室でとも考えましたけど、ここが一番落ち着きますから」
 気持ちはよくわかる。特別棟の四階という辺境にありながら、ついつい足を伸ばしてしまう理由はそこにある。
 来週から期末試験。当然わたしもそれに向けて勉強しなければならない。そして、わたしはちーちゃんほど成績がよくない。
 わたしはちーちゃんの隣の席に座った。鞄から教科書とノートを取り出す。
「わたしも勉強する」
 花が開いたように、ちーちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「あ、じゃあいっしょにしましょうか。今ちょうど数Uをやっていたところなんです。実はわたしもこの前の小テストは納得が行かなくて」
「そういえば先週そんなこと言ってたっけ。数Uって三日目だったよね。でも先にやっといたほうが楽かな」
 ちーちゃんは学年でも5指に入るほどの成績上位者だ。心強い。
 何の用事か知らないけど、折木もこんなチャンスを逃すなんて。運の悪いやつ。そういえばあいつ、正月のおみくじは凶だったっけ。荒楠神社の神様はもしかしたら本当に人の吉凶を見通す力があるのかもしれない。
「じゃあ、始めようか」
「はい。よろしくお願いします」
 お願いするのはたぶんこちらの方だと思うけど。



 次の日も、折木は部室に姿を現さなかった。
 その代わり、ふくちゃんがやってきた。折木からの伝言を携えて。
「ホータローは家の用事で来れないって」
 ちーちゃんが心配そうに顔を曇らせた。
「何かあったのでしょうか」
 家の用事なんだから、たいしたことはないと思う。
 そう考えたのもつかの間、ふくちゃんがこう続けた。
「今週いっぱい続くとも言ってた。顔を出せないって」
 一週間も続く家の用事ってなんだろう。
 もしかして身内に不幸があったのだろうか。最初に思いついたのはそれだった。ちーちゃんも同じように考えたらしい。ますます顔を曇らせる。
 しかし、すぐにそれはないと気づいた。
「家族が深刻な病気だったり、不幸があったりしたら、普通は学校を休むよね。そういう話じゃないんじゃない?」
 昨日も今日ものんきに学校には来ているようだから、重大な用事である可能性は低いと思う。
 わたしやふくちゃんだけだったらそこで話は終わりだっただろう。けれどちーちゃんは気にしているようだった。それはもちろんいつもの“気になります”ではない。折木を心配しているのだ。
「わたし、もしかしたら余計なことを言ってしまったのかもしれませんね」
 心配するのはいいけど、思いつめるとちーちゃんの思考は時おり妙な方向に飛んでいってしまう。どうしてそうなるかなあ。
「余計なことって、勉強の申し出が? 折木の都合なんてちーちゃんにわかるわけないんだから、気にする必要はないんじゃないの」
 こればっかりはそれぞれ事情のあることだから、どうしようもないことだ。ましてや折木だって、ちーちゃんとの約束を破りたくて破ったわけではないだろう。約束そのものを忘れていたならともかく、一応断りの一言を入れているのだから。
 そこで気づいた。
 二人きりで勉強なんて、あの折木が果たして素直に了承するだろうか。
「ちーちゃん」
「はい」
「折木といつ約束したの?」
 すぐに答えが返ってきた。
「金曜日の放課後です」
「先週の?」
 その日はわたしもいたはずだけど。
「あ、摩耶花さんが来る前でした。その後別の話になったので、言いそびれてしまって……そのときに摩耶花さんもお誘いすればよかったですね。ごめんなさい」
「いや、それはいいんだけど」
 むしろそんな話を振られたら困る。なんというか、気まずい。
 ということは、折木は金曜日の時点では、ちーちゃんとの約束を守るつもりがあったらしい。あいつはできそうもない約束は基本的にしない。ちーちゃんの申し出を断りきれなかった可能性もおおいにあるけど、それにしたって直前に予定をキャンセルするなんて、急な話だ。そんなに大事な用があったのだろうか。それも、二日続けて。
 何か変だ。
「なんだい、急に勉強会だなんて。部の結束を高めるにはうってつけだけど、どうしてそんな話に?」
 ふくちゃんが話に加わってきた。どうやら折木から特に事情は聞かされていないようだ。説明をするのが面倒くさかったのかもしれない。あいつめ。
「勉強会は昨日からです。最初は折木さんと約束していたのですけど、急に都合が悪くなってしまったみたいで。そしたら昨日は摩耶花さんがわたしにつきあってくれて、すごくうれしかったです」
「いやいや、わたしの方こそすごくありがたかったよ。ちーちゃんの教え方がうまいから、つまづいていたところもしっかり理解できたし」
 本来、こういう友達同士で行う勉強会というのは、時間が経つにつれておしゃべりが増えて、だらだらと時間だけが過ぎて効率悪く終わってしまうことが多い。けど、ちーちゃんとする勉強は驚くほど集中できた。場所のおかげか、それともやり方がうまいからか。きっと後者だ。
「そんなことは……。あまり時間はありませんから、教科を絞って一つずつやっていきましょうか。昨日は数学でしたけど、今日は何にしますか?」
「そうね。英語にしようかな。苦手ってわけじゃないけど、範囲が広いから」
「わかりました。英語ですね」
「はい、ふくちゃんも準備して」
 そろそろと下校の準備を始めていたふくちゃんの首根っこを掴まえる。
「ま、待ってよ摩耶花。僕もちょっと用事を思い出して……」
「学生にとって試験前の勉強以上に大事な用事って何よ。まさか勝手に身内を病気にしたりはしないよね」
「そんなベタな真似はしないさ。どうせつくならもっとユーモアとウィットに溢れた言い訳を……」
「やっぱり言い訳じゃない! ほら、中間試験もよくなかったんだから、期末で挽回するわよ」
 まだ何かごにょごにょと言葉を続けるふくちゃんを席に座らせると、わたしは勉強に意識を集中させた。



 次の日も、折木は来なかった。
 ふくちゃんは無理やり引っ張ってきたけど、折木は捕まらなかった。A組を覗いたらさっさと帰ってしまったらしく、影も形もなかった。
 ちーちゃんは仕方ないですねと笑っていたけど、少しさびしそうだった。それを見ていると、なんだか腹立たしくなってきた。
 一体何をやっているのだろう。あの馬鹿は。
 ちーちゃんがこんな顔をしていい理由なんて少しもないのだ。あの朴念仁はそういうところに全然気が回らない。用事があるにしても、顔くらい出せばいいのに。
 四月からいろいろあったから、責任感の強いちーちゃんの心労はかなりのものだったに違いない。最近になってようやく笑顔が戻ってきたのに、あいつときたら。
 いや、落ち着いて考えよう。
 あいつは朴念仁だけど、誰かを傷つけるような趣味は無い。少なくとも自分の行動にはそれなりに気をつけているはずだ。なにせ、正直気にくわない主張だけど――『やらなくてもいいことなら、やらない』のだから。しなくてもいい約束なら最初からしないだろうし、破らなければならない約束をするなんて、折木じゃなくてもしたくないだろう。
 やっぱり何かあるのだ。
 たとえば、
「部室で二人っきりって、そんなに珍しいことでもないよね」
「……え?」
 ちーちゃんのきょとんとした顔に、わたしは内心で首を振った。
 『二人きりになるのが恥ずかしかったから』というのは、いかにもあいつにありそうな話だと思った。でも、この前も二人で談笑していたし、今さらいっしょに勉強することを恥ずかしく思うだろうか。何より前提がおかしい。これだと折木はちーちゃんのことをまるで考えていないことになる。
 約束をキャンセルするほどの、家の用事。
 それも身内の不幸や看病といった重い事柄ではなく、毎日普通に学校に来ながら放課後だけ忙しくなる用事。
 そんなものがあるだろうか。それも、三日連続で続くような。
 試験前にアルバイトというのは考えにくい。あいつの家は別に自営業などではなかったと思うから、家の手伝いというのも無し。留守番なら鍵をかけておけば済む話だし、折木の家にはお姉さんもいるはず。
 そんな複雑な用事があるとは思えなかった。
 わたしが思いつかないだけで、もしかしたらそういう用事もあるのかもしれないけど。
「気になるなら、直接聞けばいいんじゃない?」
 それが一番手っ取り早い。
 しかしちーちゃんは首を振った。
「いいえ。折木さんも事情あってのことですから、無理に聞く必要はないと思います。あまり迷惑もかけられませんし」
 予想通りの返答にわたしは何も言えない。
 今日は社会科目をやるということで意見は一致した。ふくちゃんは数学などの理系科目の方が苦手だけど、文系科目も決して得意というわけではない。歯を食いしばってがんばってもらわないといけない。幸い、わたしたちの様子に少しは触発されたのか、はたまた邪魔してはいけないと思ったのか、おとなしく勉強に集中してくれた。
 ちーちゃんも折木のことが気にはなるのだろうけど、集中していた。二年生になってからあったいろいろなことも関係しているのだろう。事情はどうあれ、試験はやってくるのだ。学生である以上、心労がどうのなんて言ってられない。でも、きっとちーちゃんなら大丈夫。元々わたしたちよりも成績は優秀なのだから。
 そこではっとなった。
 もしかして、そういうことなのか?
 ノートにはデリー・スルターン朝の五つの王朝の順番が書いてある。語呂合わせで覚えるのがコツだ。しかし、不意に湧き上がった考えに気を取られて、なかなか頭に入らなかった。
 ひらめきというほどでもない、単純な話。
 それはちょっとどうなんだろうとさえ思った。しかしありえる気もした。
 あの折木のことだから。
 朴念仁で素直じゃない、しかし決して無責任じゃないあいつのことだから。



 翌日の木曜日。
 昼休みに頃合を見計らって、わたしはA組を訪ねた。
「伊原?」
 昼食を食べ終えてのんびり昼寝でもしようかという時だったらしい。折木は一瞬呆けたような顔を見せてから、眉をひそめた。迷惑というよりは、わたしがやってくるのが意外だったという顔だ。まあそうだろう。しかしそこまで警戒されるのもおもしろくない。
 気にしないようにして、わたしは用件だけ言った。
「今日は部室来る?」
 折木の表情が少しだけ曇った。
「いや、行かない」
「家の用事?」
「まあな」
「嘘つかないでよ」
 わたしの言葉に、折木は目を丸くした。
「嘘なんでしょ。用事があるなんて」
「なんで」
「昨日あんたの家に電話して確認したから」
 折木の顔が苦いものになった。
「あんたが出たら直接聞くつもりだったけど、出たのはお姉さんだった。別にあんたに家の用事なんか無いって言ってたよ」
 出たのがお姉さんでよかったと思う。それがなかったら、確信を持って問い詰めることはできなかった。
「ついでに、あんたは試験勉強で部屋にこもってるとも言ってた」
 折木は落ち着かない様子で目をきょろきょろさせた。あわてている。
 わたしは折木の前の席の主が戻ってこないのを見て取ると、その席に腰掛けた。
「なんでそんな嘘をついたの」
「ああ――あれだ。一人で勉強したかった。中間試験があまりよくなかったからな」
「約束してたのに?」
「悪かった」
「謝るならわたしじゃなくてちーちゃんでしょ」
「後で千反田にも謝るよ」
 それはもちろんだが、今は別の話だ。
「ごまかさないでほしいんだけど」
「そんなつもりはない」
「あるわよ。だって、一人で勉強したかったのはあんたじゃないんでしょ」
 今度こそ、折木は驚いたようだった。
 目が見開かれ、いつもの仏頂面が消える。
「勉強させたかったのはちーちゃんの方なんでしょ」
 折木は無言。
 しかし、それはきっと正解のはずだ。
 なぜなら、折木は目を逸らしたから。
 折木に理由はなかった。
 理由があるのはちーちゃんの方だったのだ。
 四月の新歓祭から五月の星ヶ谷杯までいろいろあったから、折木はちーちゃんの成績のことを考えたのだ。ちーちゃんは成績上位者だから。勉強に集中してほしかったのだろう。そのためには自分といっしょに勉強をしてはいけないと思った。
 それなら初めから約束なんてしなければよかったのだろうけど、おそらく最初はそこまで考えが回らなかったに違いない。もしかしたら金曜日のわたしたちの会話を聞いていて気づいたのかもしれない。ちーちゃんは数学の小テストに納得が行かなかったと言っていた。そこでちーちゃんの成績のことに思い至ったのかもしれない。いっしょに勉強なんて悠長なことを言っている場合ではないのではないか、と。
 そのまま言ってもちーちゃんは聞かないかもしれない。折木は苦しい言い訳をせざるをえなかったのだ。
 だけど、こいつは本当に気が回らない。頭の中でちょこざいな理屈をこね回しているからややこしいことになる。部室にさえ来ていれば、ちーちゃんに心配をかけていることにも気づけただろうに。
「ちーちゃんといっしょに勉強すると、すごくはかどるわよ。わたしだけじゃなく、ちーちゃんも」
「俺はお前らほど成績がいいわけじゃない」
「関係ないわよ。ふくちゃんだっているんだから」
 押し黙った。折木の成績はものすごく平均だそうだけど、少なくともふくちゃんよりはずっと上だ。
 友達といっしょにする勉強なんて、そんなに効率のいいものじゃない。だから邪魔してはいけない。折木がそう考えたのも無理はない。わたしだって最初はそう思っていた。
 だけど、勉強ははかどった。
 おとといからふくちゃんが加わって、それでも問題はなかった。
 いっしょにいても、ちーちゃんの勉強の邪魔になるとは思えなかった。
 だから、いいのだ。そんなに遠慮しなくても。
「何も用事がないんだったら、今日はちゃんと顔出しなさいよ。ちーちゃん心配してるんだから」
 折木は微かに唇を噛んだ。
 そして軽く頭をかくと、難しい顔つきで心なしかうつむいた。
 普段は何も考えていないような態度のくせに、たまにこういう真面目な顔になる。
「前にもこんなことがあったような気がする」
「え?」
「いや、なんでもない」
 そのときの折木は、真面目というか、神妙な顔つきだった。
 わたしと折木は、まあそれなりに長い付き合いだけど、その長さに見合うほど、わたしはこいつのことをよく知らない。何しろ、つい最近まで大きな誤解をしていたほどだ。しかしその表情には、反省の色が見て取れた。
 折木は折木なりに、ちーちゃんのことを考えて嘘をついたのだろう。それが、あまりうまくいかなかった。それだけのことといえばそれだけのことなのだから、普通に謝ればちーちゃんは許してくれそうな気がする。何も深刻になることではない。
 本当のことを言うのが恥ずかしいなら、話を合わせてあげないこともないけど。
 何かを胸のうちで反芻しているのだろうか。折木は大きなため息をついて、静かに言った。
「すまん。ひとつ貸しにしておいてくれ」
 真剣な顔をして何を言うかと思えば。
「そんなものいらないわよ」
 わたしは気になって忠告しただけだ。気になって、考えて、自分にできることだったから、ちょっと言葉を投げかけただけ。
 自分から関わったことを他人のせいにするつもりはない。貸し借りなんて、押し付けるような真似はしない。たとえ相手が折木でも。
 自分の行いの責任は、自分だけのものだから。
 もしも折木が責任を感じているのだとしたら、その埋め合わせはちーちゃんに向けてするべきなのだ。
「そんなに心配なら、あんたがちーちゃんに勉強を教えられるようになればいいじゃない」
「……無茶言うな」
 そっぽを向く折木がおかしくて、わたしは思わず笑った。


作者情報


作:かおるさとー様
The scent of sugar.
2014/06/07

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